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お楽しみはパジャマパーティーで

読書の備忘、アニメの感想などを書いています

『耳をすませば』―日常とファンタジーの間

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脚本家の佐藤大さんが『団地団』という団地のキャンプな魅力を語る本で、『耳をすませば』について言及しているのを参考に、すこし『耳をすませば』の世界観を考察してみました。

団地団 ?ベランダから見渡す映画論?

団地団 ?ベランダから見渡す映画論?

 

 

リア充

耳をすませば』というアニメ映画はリア充感が充満しており残酷である、というような評を読んだことがあります。たしかに主人公たちがまだ中学生であるという設定も考慮すれば一層堪えるかもしれない。

でも現代のアニメファンにとって厳しいのは、『耳をすませば』がメタな語りを内包していないからでしょう。つまり、ロマンチックな描写に対して、「なんちゃって」という仕掛けや衒いがない。一貫してストレートな純愛を描いているから見るに堪えない。

 

●生活感、重力描写

ただ私は『耳をすませば』の日常描写というものがいたく気に入っておりまして、たとえば冒頭は「カントリ~ロ~ド♪」という歌とともに、東京の夜景のロマンチックな空撮から始まるのですが、カメラが都市に降下していくと、なんとコンビニから出てくる寝巻姿の雫(主人公)というなんとも色気のない被写体を捉えるわけです。それでその雫が団地に帰って、やたらに生活感のある狭い部屋に戻りドア閉めると音楽が止み、「もったいないからわざわざコンビニ袋もらってくるんじゃない」というような地味な会話が始まる。

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生活感と言いましたが、むしろ「重力」感とも言ってよい、都市の小市民の生活圏を描いている。アニメーションはアクション描写を通じて反重力を描くことは得意としてきたわけですが、実写においては必然の重力という現象を描くにあたっても、いろいろな工夫があると思うのです。『耳をすませば』というアニメ映画はそれを、ピンポイントなアクション(作用・反作用の力)ではなく、日常生活の描写を通じて偏在させている。たとえば、梅雨のけだるい描写など、気圧の変化といった描写にもこだわりを感じます。

 

●あくまで日常アニメとして

一方でバロンが出てくるファンタジーのシーンでは、ジブリの十八番とでもいっていい浮遊的なアクションが描かれています。これは雫の恋人役である天沢君、そして彼の祖父が仲介しています。つまりファンタジーは雫の空想というよりは、雫が出会った天沢祖父(とその影響下にある孫)のリベラルな気風に刺激された産物なわけです。そして雫の住む団地と天沢家をつなぐ都市も、猫が誘うように、どこか非日常感、浮遊感がある。

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つまり「日常世界」「何かが始まりそうな世界」「ファンタジックな世界」の三層があるわけですが、個人的にはファンタジーに優位を置いていないことが素晴らしいと思います。ファンタジーに対して「日常の裏側」や「日常を抜けた先」という優越的な世界観ではなく、あくまで「日常の内側」という序列をつけて処理しているのです。ファンタジーは非常な誘惑であるわけですが、「何かが始まりそうな世界」*1で粘り、重力からの解放を美徳としていない。

 

●「風と空気と重力に団地がある」(@佐藤大

まあこのようなことをぼんやり考えていたのですが、佐藤大さんの発言を読んで、モチーフを明確にしました。

耳をすませば』で、雫の姉が階段の踊り場から顔を出し、団地の階下にいる雫に対して、「これ出しておいて」と手紙を落とす場面について言及しています。

アニメでは「ないもの」を描くことが一番難しい。でも、ここでは手紙が落ちていくことによって生まれた、風と空気と重力が見事に描かれている。しかも、「手紙が落ちてくるのを予測して見上げる彼女の動きを予想しながら落ちてくる手紙を描く」という離れ業です。

この手紙のカットは、日常とファンタジーの均衡を象徴しています。ふわふわ(風と空気)の躍動感はあるが、詰まるところ手紙は重力の法則で降下してしまうのです。

実際にこの手紙を投函した、まさに次のカットで猫が登場します。駅のホームで猫が電車に滑り込む。「その猫に会ったことから涅槃が始まる。その時点から実際の彼女の生活が現実からズレるんです。」(同書)

夢見がちな思春期の女の子と日常の重力感、そのバランスがいい。

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ちなみに、このカットは佐藤さんが後に『エウレカセブン』で一緒に仕事をすることになる吉田健一さんが描いたということです。

『団地団』で他に言及しているアニメは、『エヴァンゲリオン』『劇場版デジモン』『放浪息子』など。

 

 

*1:そういえば昔、劇場版『ドラえもん』シリーズで、冒頭の数十分の、夏休みのワクワク感が大好物でした。